100万円キャッシュフロー倶楽部の方針
この倶楽部はキャッシュフローが出やすく管理体制が優良な国内不動産に狙いを定め、融資(マイナス)と物件(プラス)のスプレットを戦略により最大化、これにより給料以外から毎月100万円のキャッシュフローを仲間と共に情報共有しながら個々に最速で作り上げることを軸としています。
不動産に収入を稼いでもらうことで《お金の確保》、不動産の運営を管理会社に任せることで《時間の確保》を実現することが仕組み構築の目的です。大事なのは、その先にあるライフスタイル。自分で自由に何事も選択でき、お金と時間を使い、いろいろな体験にチャレンジすることで人生の幅が広がります。
ただ、不動産投資は他の投資に比べて価格帯が高く、ゼロベースからスタートする人がほとんど。いわば新世界。ここで必要になるのがファイナンシャルリテラシー
僕たちが毎月100万円というキャッシュフローを得るには、ファイナルシャルリテラシーを筆頭に、有益な情報、スピード力、決断力、人間力そして何より”成功へ向けた行動”が必要不可欠と考えます。
だからこそアンテナを張り巡らせ、大きな視野や考え方を持ち、<負けない不動産投資のリテラシー>を備えていくことが重要な課題となります。そしてそれにより家族や仲間を生涯かけて金銭や時間のしがらみから守ることができるのです。
それには明日ではなく、今すぐ行動すること、これが毎月100万円キャッシュフロー倶楽部のメンバーとしての指針であり、最高のライフスタイルを手に入れるべく、「時間ある小さな資産家となる」第一歩。
頭で考えるだけでなく、具体的に行動を起こしましょう。今ある結果では今ある現状から抜けることはできず、今までのあなたのまま。一歩を踏み出して行動することで、必ず何か道が見えてくるはずです。僕の知っていることであればノウハウの出し惜しみはしません。情報は共有する時代に突入しています。豊かにいきましょう!
100万円キャッシュフロー倶楽部の活動
各種オフ会を不定期で開催
倶楽部設立のキッカケ
一番はじめに不動産投資のことを話した友人であり同僚の50代女性、またその友人の人生のピリオドが僕たちの世界観を変えた。
いつも人はサヨナラを用意して生きなければならない。死に直面して初めて死の存在の大きさを知る。私の大親友は私と違って反面教師といわんばかりにコツコツ生きるタイプ。
お金に関しても常に先を見据えてしっかり蓄えていた。
彼女は爪に灯をともしながら生活そして節約していた。自分の将来を安心して過ごせるように今を我慢して耐えていた。「うちの家系は長生きなんだよね」これが彼女の口癖だった。
でも人生に先なんて見えない。本当は今、どう生きるかが大事なのではないだろうか。
そんなことを思っていた矢先、将来をしっかりすぎるほど意識していた彼女が突然いなくなってしまった・・・
自転車で走っていたところ道を外して転倒、ちょうどそこに来た車と接触してしまった。そして彼女は人生にあっけない終止符を打った。
私は思った。先の人生って何?そんな疑問がふと沸いてきた。今を楽しんでこそ、その先の人生がある。未来は今を基盤として繋がっているんだと。
そして50歳で人生を賭けた出会いと決断をすることになる・・・
5年前のある日、ひとりの若者と出会う。まさかそれが私の人生に大きな軌道をもたらす相手だとはその時、自分でも思いもしなかった。
私は同僚だった彼をいつも飲み会に呼ぶが「節約しないといけないから」「お金は今、使えない」若者なのにノリが悪いし、不思議なことを言っていると思った。いつ連絡してもこの調子だった。
しかし・・・
出会いから3年後、偶然一緒に仕事をすることになった。その時、彼は売りに出されているアパートを見に行きたいといった。場所は神奈川県の横須賀市内にあるボロボロの木造アパートだった。
この売りアパートの内見後、ランチに入った海岸沿いにあるイタリアンレストランで私は彼の口から驚愕の事実と裏の顔を知ることとなる。
自分とそんなに変わらない年収の彼が、自分より自己資金が少ない彼が、短期間で自宅マンション、ワンルーム、一棟アパートを買ったことを知った。そして彼が描いているライフスタイルに感銘を受けた。
そしてなぜ、彼が今まで必死にお金をコントロールいていたかが、これでハッキリした。彼がコツコツ私の知らぬ間に獲得したものは資産から生み出されるフリーキャッシュフロー。自由なお金。
私はこの時、50歳にして気付いた。本当のお金の仕組みを。。
ここ数年、私の方は仕事がきつくなるばかりで正直将来に大きな不安を抱えていた。そのストレスを紛らわすように、湘南で飲み歩く日々が続いていた。
しかし、このままではだめだ。この仕組みを活用してライフスタイルを変化させたい。そう思った。
普通の人は年収400万円前後で、アパートを買うなんてことはまず思わないだろう。私は性格的な素早さもあって、このとき50歳で人生最大といえる大きな決断をした。
それは、この若者と新たな旅することを。
その旅から6ヵ月後、私は一棟アパートを購入した
2011年5月、神奈川県横浜市南区にある一棟8世帯の木造アパートに指値をいれて利回り14.5%、オーバーローンで購入した。
この物件には子供3人のイニシャルを一文字づつ集めて「REA HOUSE」と名付けた。
2012年7月、千葉県市川市にある都心に限りなく近い場所に、クセある一棟6世帯の木造アパートに大幅な指値をいれて利回り20%ジャスト、これまたオーバーローンで購入した。
この2棟目アパートは、外観の見た目はいいのですが、リフォームしなければ入居することはできない程の廃墟的内装だった。早速、オーバーローンで浮いた資金200万円かけて内装、設備共にリフォームを行った。
幸いリフォーム中に入居者も決まった。しかし、リフォームが終了して、現地確認に行ったところ目の前には信じられない光景が・・・
前日の台風の影響で、バルコニーが全て落ちていた。。見事に落ちてる。私は思わず笑ってしまった・・こんなことってあるんだ。
幸い、保険で対応できたので持ち出しにはなりませんでしたが、自然災害の恐怖を感じた瞬間でした。
今は給料とは別に不動産投資から毎月30万円以上のキャッシュフローが入ってきている。そして、ゆっくりと次の3棟目のアパートを探し、キャッシュフローを積み上げたいと思っている。もちろん最終目標は、倶楽部目標である毎月100万円キャッシュフロー。
限られた時間と描いた未来を考えると、、、
私は今まで先のことなんて本気で考えたことは、これっぽっちもなかった。決まって夜は飲みに行くし。一抹の不安を抱えてはいたが、毎日が楽しければそれでいい。そう思って生きていた。
その若者と出会うまでは・・・
私はこれまでとはまったく違う仲間と出会ったことで、残りの人生に大きな舵をとった。航海でいえば日本の東京から大阪へ行くのを、一転してアジア、さらには未知なる世界へ出る旅のようなもの。それを50歳にしてやろうと思った。
今までとは、まったく異なった「お金の航海図」を手にして、限られた時間を大きく進むことになる。今、前に進まなければ、定年までの限られた時間を日々厳しくなる給料体制の中で粛々と過ごす事になる。
そして追い討ちをかけるような仕事でのクレームや益々複雑化する業務をこの先、数年続けることになる。このままではいけない。何度もそう思った。
シングルマザーになり、稼ぐ為に47歳にして宅建(宅地建物取引主任者)も取得して、この不動産賃貸営業に身をおき7年がたつ。このスキル、資格などを生かして何かできないかと思ってもいたところに、賃貸経営者という役割が舞い降りてきた。
賃貸経営者として行動してから、私はサラリーマンとして働きながらもひとつの安心感を得ることができている。それはキャッシュフローを生む不動産を持っていることに他ならない。
▼そして私の中で大きく変わったのがこの3点
- 自由に使えるお金が増えた
- 海外旅行に年数回は行けるようになった
- 老後の不安が減った
女性の平均寿命を84歳としたならば、私に残された時間はあと30年。この30年を最高だといえるように私は今からでもチャレンジしていく。
最後に・・・
ひとりの若者と出会ったというのは僕:紺野健太郎。(その時点のキャッシュフローは毎月20万円)
彼女の友人の死を分岐点として、時間は有限だということを再度心に受け止め、僕たちはまだほんの少数の仲間ともにインドネシアのバリ島で毎月100万円のキャッシュフローを目指すための倶楽部を設立。それが2011年8月28日@バリ島でのことだった。
そして世界には、僕らと同じような考え方をしている人がいるはずだ!そう思いブログを書き続けること5年。インターネットの力で今では1000人以上の方とお会いすることができました。
この今という時代に生まれてきた仲間と共にオフライン・オンラインの場を通して、不動産投資×ライフスタイルという果てない旅を一緒に楽しみましょう!